大判例

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広島地方裁判所 昭和38年(ワ)637号 判決 1968年3月14日

原告

株式会社中国放送

右訴訟代理人

岩島肇

神田昭二

被告

民放労連ラジオ中国労働組合

右訴訟代理人

外山佳昌

主文

被告は原告に対し別目録記載の建物部分を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決はかりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

一、原告はテレビラジオの放送事業を営むものであり、被告は原告会社の従業員で組織される労働組合であるが、原告は昭和三六年一〇月中旬頃別紙目録記載の原告所有社屋に新築移転の際、右社屋中の別紙目録表示部分三・〇二五坪(以下本件建物部分という)を組合事務所として返還期を定めず無償で使用を許した。

二、ところが、その後原告は会社の図書を集中管理する場所として本件建物部分を使用する必要に迫られたので、組合事務所の移転先として会社構内車庫二階に本件建物部分よりも広い約五坪の建物を提供した上、昭和三八年九月四日被告に対し本件建物部分の使用貸借の解除を申入れ同月末日までに移転するよう求めたが、被告はこれを拒否するので、本訴請求に及んだ。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

一、原告主張の請求原因事実中原告が会社の図書集中管理のため本件建物部分を必要としていることは否認するが、その余の事実は認める。

二、原告会社の組合事務所移転の請求は不当労働行為である。被告はこれまで原告に対し活発な争議行為を繰返し、会社はこれに対抗する手段としてロックアウトを行つてきたが、会社社屋内に組合事務所があれば、少くともその部分はロックアウトの対象からはずれ、会社のロックアウトの効果が滅殺されるため、かような結果を排除する目的で組合事務所の社屋外移転を求めているものである。

原告訴訟代理人は被告の抗弁に対し次のとおり答えた。

被告主張の抗弁事実は否認する。原告は過去において、昭和三八年の春闘の際をのぞいては一回もロックアウトを行つたことはない。またロックアウトの効果が組合事務所が社屋内にあることによつて影響を受けることはありえない。

証拠<省略>

理由

一請求原因第一項記載の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、まず原被告間の本件建物部分の無償使用関係が法律的に如何なる性質のものであるかを検討する。

(一)  日本における労働組合のほとんどが企業内組合であり、これら組合に対し使用者たる会社が会社施設の一部を無償または実質的に無償で事務所として使用させている例が極めて多数存することは顕著な事実であるが、この事実から直ちにこの種組合が使用者に対し事務所の無償供与を求めうる慣行上の権利を有するとすることができないことはいうまでもない。

また、労働組合法第七条三号は「最小限の広さの事務所の供与」を不当労働行為となるべき計理援助から除外しているが、右規定が使用者に対し労働組合に事務所を供与すべき義務を課したものでないことも明らかである。

したがつて、組合事務所の無償使用関係は、かような関係を発生せしめた個々の労使間の合意によるものであり、その法律的性質も積極的には右合意の内容如何によつて決定されるものということができる。

(二)  しかしながら、日本において事務所の無償供与を一般的現象たらしめた原因は、労働組合のほとんどが企業内組合であり、企業内組合においては当該企業と組合との関係が極めて直接的であるため、企業施設内に組合事務所を設けることが組合側にとつてはもとより、使用者側にとつても便宜であつたし、また企業内組合は概して経済的基盤が弱体であるため、組合の育成上事務所を無償供与する現実的な必要があつたことに存すると考えられ、前記労働組合法の規定も右のような現実に対する認識の上に立つことにより本質的には便宜供与である事務所の無償供与を容認したものと理解されるののであつて、個々の事務所供与契約もそれが一般的現象としての事務所供与に属するものと見られる限り、その契約内容の解釈において、右に述べた事務所供与の原因並びに労働組合法の趣旨は(それが本質的には便宜供与である点を含めて)、十分考慮せらるべきである。

(三)  そうすると、事務所無償供与についての契約を結ぶ労使の合理的意思は通常どのようなものと考えるべきであろうか。まず供与の期間については、たとえ事務所供与が一の便宜供与にすぎないとしても、前示の如き供与の意味から考えて、一たび供与が約束された以上組合の存続中使用者の都合による一方的な解消を許すことは労使とも予想しないところであろう。と同時に、使用者の第一義的な目的はいうまでもなく企業の維持発展ということにあるから、事務所の無償供与が企業経営に支障を来す場合にまで右供与を継続することは、使用者の予想するところでなく、また組合側としても本来期待しがたいところというべきである。

次に、供与せられる施設については、それが企業内組合の事務所として提供される以上、当該企業施設内にありかつ当該組合の事務所としての機能を果すにたりるものであることは当然であり、その限りにおいて最小限の広さのものでなければならぬことも法の要請するところであるが、右条件に適合する限り、その便宜供与たる本質に鑑み、施設のどの特定の部分を供するかはその時々における使用者の裁量に委ねられたものと考えられる。このことは、組合事務所としての機能を果し最小限の広さに限るという前記条件に適合する施設の規模は、組合の実勢の変化により或いは増大し或いは減少せざるをえない点からも首肯できるのではあるまいか。

(四)  そして、以上の考察が是認せられるとすれば、組合事務所無償供与に関する契約は、原則的には民法上の使用貸借にはあたらないというべきである。けだし、使用貸借は特定物についての要物契約であり、特定の目的物件を受取ることによりはじめて契約として有効に成立するが、一たび成立すれば貸主が目的物件を自由に変更する如きことは許されないし、また期限を定めてない限り貸主において何時でも目的物件の返還を求めることができるのであるが、これ等の点は明らかにさきに述べた労使の通常の意思に反するからである。(末尾註参照)

当裁判所は、組合事務所無償供与契約は、これと異る明示のとりきめ又は特段の事情のない限り、供与の目的物を組合事務所としての機能を果す範囲で最小限の広さを有しかつその具体的指定及び指定の変更が使用者の裁量に委ねられている施設の一部とし、その期間は企業経営に支障を来さない限り存続するものとして、使用者が労働組合に対し右目的物を組合事務所として無償で使用せしめる一の無名契約であると解する。右見解によれば、右契約は特定物に関する要物契約でないことは勿論で、外観的には施設の特定の一部分について無償供与がなされたように見える場合でも、原則として観念的法律的には右の無名契約が先行しており、その契約上の義務の履行として右特定の施設部分が提供されたものに過ぎないのであつて、使用者において右施設部分に代えて他の施設部分を提供することも、それが前記条件に適合する以上自由であり、ただ何等代替施設を提供することなく返還を求めること即ち右の契約を解約することは、企業経営に支障を来さない限り許されないと解される。

(五)  翻つて、本件について考えると、本件事務所供与契約につき前記の解釈の妨げとなるような明示のとりきめや特段の事情はみあたらないから、本件契約もまた法律的には前記の如き趣旨の無名契約であり、本件建物部分は右契約上の義務の履行として原告から被告に供与されたものといわねばならない。

三ところで、原告が本件建物部分の明渡を求めるにつき代替建物として原告会社構内車庫二階の本件建物部分より広い約五坪の建物を提供したことは当事者間に争いがない。そして証人小田和昭の証言と検証の結果によれば、右車庫は原告会社社屋本館と別棟になつているが、本館東側通用口と右車庫入口とは約五〇米を距てるのみであり、原告としては被告が右車庫二階に事務所を移した場合には、本館より右車庫へ出入の通路を設置する用意があり、また社内電話等の備付についても考慮していることが認められるから、本件建物部分が被告の組合事務所として使用するにたりるものである以上、右代替建物が被告組合事務所としての用を達しえないものとは考えられない。被告申請の証人の中には、放送事業従業員の勤務の特殊性をとりあげて組合事務所を本館社屋内に置くことの必要性を強調するものもあるが、上記判断を左右する程の説得性に欠ける。

してみると、被告は原告の要求に応ず本件建物部分を明渡し右代替建物に事務所を移転すべき契約上の義務あるものといわねばならぬ。(原告は使用貸借契約の申入による明渡義務を主張するが、当裁判所の解釈によれば契約上当然認められる明渡義務というべきである)

四進んで被告の不当労働行為の主張について判断する。被告は原告が被告に対し組合事務所の社屋外移転を求めるのは、組合事務所が社屋内にあることによつてロックアウトの効果が滅殺されることを排除されることを排除するためであると主張する。

しかしながら、ロックアウトは、それが要件を具備した適法のものである限り、使用者において労働者の争議行為に対する対抗手殺として、その実効あることを求めることは当然の権利であるといわねばならない。

そして、被告主張の如く被告の組合事務所が原告の社屋内にあることによつて原告の行うロックアウトの効果が事実上滅殺せられたことがあつたとしても、それは前示の如き本件事務所供与契約の予想しないところであることはもとより、組合事務所の果すべき本来的機能とも全く関係がなく、いわば偶然的に発生した事象に過ぎないのである。(もしそうでないとすれば、それはロックアウト自体が違法といえる場合である。)

してみると、かりに原告に争議時におけるロックアウト効果の滅殺を排除する意思があつたとしても、それ以上積極的に被告の正当な争議行為までも封じようとする意思が認められない限り(被告の全立証によるもこのような意思は認められない)、原告の本件事務所移転の請求を以て被告組合に対する支配介入の行為であるとは解しえない。

被告の抗弁は採用しがたい。

五よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(註) 組合事務所無償供与契約を民法上の使用貸借であるとする説は、「事務所として」使用することが民法第五九七条二項にいう「契約に定めたる目的」にあたると解することによつて、期限の定めのない場合における使用者の一方的返還請求権の行使を制限しようと試みる。しかし、右の「契約に定めたる目的」とは同条第一項との対比において、期限に相当する程度の意味を持つ到達時期の明確な目的を指すものと解するのが相当であつて、単に「事務所として」或いは「住居として」使用するという如きはむしろ使用方法の制限に過ぎないと解すべきである。さもないと、民法上の賃貸借に比し結果的に権衡を失する嫌いがあるし、実際にも組合の存続する限り目的到達の時期が到来せずとするなら、経営上解約を必要とする如き場合の処置に窮する。もつとも、この点については、相当期間事務所として使用したときは、目的に従つて使用収益を終つたものとする解釈技術が用いられているが、右「相当期間」の意味は極めてあいまいであり、理論上も実際上も基準たる価値に乏しい。また、信義誠実の原則ないしは権利濫用の法理により解約権の行使を制限する考え方もあるが、本来力対力の関係にあるべき労使間の、しかも特異な事象ともいえない事務所供与の関係を律するのに、右の如き一般条項を用いることには基本的に疑問がある。(胡田 勲 永松昭次郎 渕上 勤)

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